大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)7336号 判決

原告

小林昌栄

ほか一名

被告

千代田火災海上保険株式会社

ほか二名

主文

一  被告神鳥茂は、原告小林昌栄に対し、二三五五万六四四一円、同小林幸子に対し、一八五五万六四四一円及びこれらの各金員に対する平成三年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの、被告神鳥茂に対するその余の請求並びに被告千代田火災海上保険株式会社及び同オールステート自動車火災保険株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告神鳥茂の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告神鳥茂(以下「被告茂」という。)は、原告小林昌栄(以下「原告昌栄」という。)に対し、二六三九万六二八二円、原告小林幸子(以下「原告幸子」という。)に対し、二〇一六万五四八二円及び右各金員に対する平成三年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田」という。)は、原告昌栄及び同幸子に対し、それぞれ一五〇〇万円及び右各金員に対する平成六年五月七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告オールステート自動車火災保険株式会社(以下「被告オールステート」という。)は、原告昌栄に対し、一一三九万六二八二円、原告幸子に対し、五一六万五四八二円及び右各金員に対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告茂について

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告千代田及び同オールステートについて

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 平成三年一〇月二一日午前七時〇四分ころ

(二) 場所 埼玉県狭山市新狭山一丁目五番一三号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害者 神鳥孝志(以下「孝志」という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(小林孝子所有)

(五) 被害者 小林孝子(以下「孝子」という。)

(六) 事故態様 孝志は、孝子が助手席に乗つている被害車を運転走行していたところ、被害車を左側歩道上の大木に激突させた(以下「本件事故」という。)

2  本件事故の結果

本件事故によつて、孝志及び孝子は死亡し、被害車も全損となつた。

3  孝志の過失責任

本件事故は、孝志が、自動車運転免許を有しないにもかかわらず、時速一〇〇キロメートルを超える無謀な運転をしたために、惹起されたものであるから、孝志には被害車を運転する上で過失がある。

4  被告茂の責任

被告茂は孝志の父であり、孝志の権利義務を承継した。

5  被告千代田の責任

(一) 自賠責保険契約の存在

原告昌栄と被告千代田は、本件事故当時、被害車につき、自賠責保険契約を締結していた。

(二) 孝志が被害車の保有者であること

原告昌栄から被害車の使用許諾を受けていた孝子は、孝志に対して孝志の居宅まで一時的にせよ被害車の使用、運転について承諾しているから、孝志は被害車の保有者である。

6  被告オールステートの責任

(一) 自動車保険契約及び運転者家族限定特約の存在

孝子と被告オールステートは、本件事故同時、被害車を被保険自動車とする自動車保険契約及び運転者を家族に限定する旨の特約を締結していたが、同特約には、被告保険自動車が盗難にあつた場合には、その車両が発見されるまでの間にその被保険自動車について生じた事故については、保険金が支払われる旨規定されている。

(二) 本件事故における「盗難」と同視すべき事情

孝子は、孝志に対して、被害車の一時使用を承諾しているが、孝志による脅迫等孝子の抗拒を抑圧する事情がある場合には、右承諾があつたとしても「盗難」と同視すべきであるところ、本件事故にはこのような事情が認められる。

7  孝子の損害 合計四〇三三万〇九六五円

(一) 逸失利益 二〇八一万二二九三円

孝子は死亡当時一九歳であり、少なくとも、労働可能年齢である六七歳までの四八年間、年間一七二万五三〇〇円の収入を得ることができたはずであり、生活費控除割合を五割、四八年の新ホフマン係数を二四・一二六とすると、以下のとおり、計二〇八一万二二九三円となる。

一七二万五三〇〇円×(一-〇・五)×二四・一二六=二〇八一万二二九三円

(二) 慰謝料 一八〇〇万円

(三) 物損(車両損害) 一五一万八六七二円

8  相続

原告らは孝子の両親であり、孝子の権利義務を承継した。

9  原告昌栄の固有の損害 六二三万〇八〇〇円

(一) 医療費 三万〇八〇〇円

(二) 葬儀関係費 一二〇万円

(三) 弁護士費用 五〇〇万円

10  結論

よつて、原告らは、被告茂に対して不法行為に基づき、被告千代田に対して自賠法一六条に基づき、被告オールステートに対して自動車保険契約に基づき、それぞれ前記第一の一の請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告茂の認否

(一) 請求原因1のうち、(一)ないし(三)、(五)は認め(なお、(三)、(五)の「加害者」、「被害者」の表現は争う。)、(四)は不知、(六)は否認する。

(二) 同2のうち、孝志及び孝子が死亡したことは認め、その余は否認する。

(三) 同3は争い、同4は認める。

2  被告千代田の認否

(一) 請求原因1は認める。

(二) 請求原因2のうち、孝志及び孝子が死亡したことは認め、その余は不知。

(三) 請求原因3は不知。

(四) 請求原因5のうち、(一)は認め、(二)は不知ないし争う。

3  被告オールステートの認否

(一) 請求原因1のうち、(一)ないし(五)は認め、(六)は不知。

(二) 請求原因2及び3はいずれも不知。

(三) 請求原因6のうち、(二)は否認する。

三  被告千代田の抗弁(孝子が共同運行供用者の地位にあり、自賠法三条の「他人」には該当しないこと)

仮に、孝志が、被害車の保有者の地位にあつたとしても、孝子は被害車の実質的な所有者であること、帰宅のついでに孝志を自宅に送るつもりで運転を委ねていたにすぎないこと、孝志が孝子の意思に反して被害車を乗り出したことを窺わせる客観的事情が認められないこと、本件事故現場が乗り出し地点からわずか数分で到達できる距離であり、その間に孝子が運行支配を失うような事態が起こつたとは考えにくいことからすると、孝子は、運行支配を依然有する共同運行供用者であるから、「他人」には該当しない。

四  抗弁に対する認否

争う。

五  再抗弁(共同運行供用者間における他人性)

仮に、孝子が共同運行供用者の地位にあつたとしても、孝志の運行支配は、孝子のそれに比べて直接的、顕在的、具体的であるから、孝子、孝志との関係においては、他人と評価すべきである。

六  再抗弁に対する認否(被告千代田)

争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)について

請求原因1の事実は、甲一、二、一一、一九及び弁論の全趣旨により認めることができる。

二  請求原因2(本件事故の結果)について

請求原因2の事実のうち、孝志及び孝子が死亡したことは当事者間に争いがなく、被害車が全損したことは、甲一九、三一の1ないし3により認めることができる。

三  請求原因3(孝志の過失責任)について

請求原因3の事実は、甲一〇、一一、一九及び弁論の全趣旨により認めることができる。

四  請求原因4(被告茂の責任)について

請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

五  請求原因5(被告千代田の責任)並びにこれに対する抗弁及び再抗弁(自賠法三条の「他人」の該当の有無)

1  請求原因5(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同5(二)の事実について

甲七ないし一〇、一二の2、一九、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  孝子は、平成三年三月に大川女子学園高校を卒業したが、その頃、秋和由美子の誘いを受けて、芦原彰の経営するパーテイパブ「こるどば2」(以下「甲店」という。)にアルバイトのウエイトレスとして勤務するようになつた。その後、孝子は、新垣和代(以下「和代」という。)の勧めもあつて、朝日商事が前記芦原に経営を委任した「くるくるパーテイ」(以下「乙店」という。)でもアルバイトをすることになり、本件事故当日である平成三年一〇月二一日に初出勤した。

(二)  甲店の営業時間は午後八時から翌日午前二時までであつたため、同店は本件事故当日の一〇月二一日午前二時ころに閉店となり、孝子は着替えを済ませて被害車で乙店に出勤した。乙店では、孝子は、和代とともに同日午前二時半ころまで甲店から乙店に移動した二名の客の相手をしていたが、その後午前五時前までの約二時間半、積極的に話しかけてきた孝志と座つて話をしていた。午前五時ころ、孝子が好意を寄せる男性客(以下「丙」という。)が来店したため、孝子は丙の相手をしていたが、丙は約三〇分後の午前五時半ころには帰つた。乙店は同日午前六時ころに閉店し、孝子を含む従業員らは店の後片付けや清掃をして、同七時ころに清掃等が終了した。

この間、孝子は、孝志を、乙店の責任者である横平初生(以下「初生」という。)の弟であると勘違いしていた。

乙店の従業員は、清掃等の終了後、それぞれ適当に帰宅するのが通例であり、孝子も同様に帰宅の準備をしていた。その際、孝子は、和代に会い、気は進まないが、孝志を自宅に送ることになつた旨伝えたところ、孝志が初生の弟でないことを知らされた。午前七時ころ、孝子は、手に被害車の鍵を手に持つて、初生らに別れの挨拶をした後、孝志と同時に乙店を出ていつた。初生から見て、孝志と孝子は、初対面なのにずいぶん仲がいいように思われる程度の様子であつた。この際、孝志は酒に酔つた状態だつた。

(三)  被害車は、乙店のすぐ前の駐車場に駐車されていたと推認されるが、孝子と孝志が店を出た後、外には店の従業員はいなかつたものの、外で叫び声や言い争つているような声は初生には聞こえなかつた。

(四)  被害車は、原告昌栄が購入し、同車両の任意保険料、ガソリン代金等の諸費用も全て原告昌栄が負担していたが、それは親としての監督的地位に基づく配慮によるものであり、実質的には、被害車の使用権限は孝子に委ねられていた。孝子は、普段から被害車を大切に思い、被害車を他人のみならず、実兄の薫明にさえも貸すことはないほどであつた(甲九)。もつとも、薫明が運転することもあるが、その際には、孝子も同乗していた(甲一九)。

(五)  孝子は、日常生活では眼鏡は掛けなかつたが、運転時には必ず眼鏡を着用していたところ、本件事故直後の被害車の車内には、孝子の眼鏡が破損して散乱していたことからすると、孝子は、本件事故当時、右眼鏡を着用していたと推認できる。

以上の事実を勘案すると、孝子は、前記男性客丙が乙店を出た午前五時半ころから右清掃が終了する午前七時ころまでの間に、孝志から、孝志の自宅のある南大塚まで被害車で送るように頼まれてこれを了承したが、孝子はこの時点で孝志を初生の弟と勘違いしており、初生に対する気遣いないし気兼ねが右了承の動機付けの一因であつたことは否認できない。しかしながら、乙店を出発する時点において乙店の外で言い争うような声や音が聞かれていないこと、孝子が被害車の助手席に座つていたこと、孝子と孝志が同時に、かつ外見上仲の良いような様子で乙店を出ていること、孝子は、孝志が初生の弟でないことを知つた後、和代に対して孝志を送ることを積極的に拒否しようという様子を見せていなかつたこと、孝志の自宅が乙店から車で約三ないし五分の距離にある本件事故現場からごく近い所にあり、孝志を送ることによつて費消される時間も僅かで済むことをも斟酌すると、孝子は、孝志が初生の弟でなかつたことが判明したことを理由に、孝志に同人の自宅に送ることを拒否した上、自ら被害車を運転しようとしたにもかかわらず、孝志が強引に被害車に乗り込み、無理に孝子を助手席に座らせて被害車を運転するに至つたとは直ちに認め難く、かえつて、孝子は、気が進まなかつたものの、一旦孝志を自宅まで送る旨約束したこと、そのために費消する時間が僅かで済むことから、孝志を自宅まで送るために運転席に乗り込もうとしたところ、孝志が自分で運転したいと申し出たため(前記認定事実に照らせば、孝子が積極的に孝志に対して運転を委ねようとしたとは考えられない。)、これを拒否することもできず、自らの意思決定に基づいて、一時的にかつ行き先を限定した範囲内で孝志に被害車の運転、使用を委ねて助手席に乗り、乙店から程近い孝志の自宅まで同人を送り届けた後は直ぐに運転席に乗り換えて自ら運転して帰宅しようとし、仮に、孝志の運転が前記限定された用途を超えるような事態が発生した場合には、直ぐに運転を代わるつもりで予め眼鏡を着用していたと考えるのが合理的である。

したがつて、孝子が、一時的に、目的地を限定して、孝子の監督下ではあるにせよ、孝志に対して被害車の運転、使用を委ねていること、目的地が孝志の帰宅先であつたことを総合すれば、孝志は、被害車の運行支配、運行利益を享受する被害車の保有者であると認めるのが相当である。

3  抗弁及び再抗弁について

前記認定事実によれば、孝志は被害車の保有者の地位にあるものの、孝子は被害車の主たる使用権限を有する立場にあり、しかも、僅かな時間内に限り、かつ目的地も限定した上で、自らも助手席に乗つて孝志の運転を自らの監視下に置き、直ぐに運転が代わることが可能な状態(眼鏡を身に着けていた)の下で、被害車の運転、使用を委ねたと認められ、以上の事実を総合すると、孝子も、孝志と同様、保有者として共同運行供用者たる地位にあり、かつ、孝子の被害車に対する運行支配の程度は、孝志のそれに比べて強度でかつ具体的であるというべきであるから、特段の事情(孝子が孝志に対して個別具体的な指示をしたにもかかわらず、孝志がこれに服従しなかつたこと等)が認められない本件においては、孝子が孝志に対する関係において、自賠法三条の「他人」に該当するということはできないというべきである。

六  請求原因6について

1  請求原因6(一)の事実は、被告オールステートが明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2  同5(二)の事実について

孝志が孝子の反抗を抑圧するような状況を作出した上で被害車の運転、使用を開始したと認めるに足りる証拠はなく、かえつて、前記認定事実によれば、孝子は、渋々ではあるにせよ、孝志に対して任意に被害車の運転、使用を委ねていることが認められるから、前記特約条項の「盗難」には該当しないと認めるのが相当である。

七  請求原因8について

請求原因8の事実(相続)は甲三により認める。

八  請求原因7及び9について

1  逸失利益(請求原因7(一)) 一五五九万四二一〇円

孝子は本件事故当時一九歳で(昭和四七年六月二五日。甲三)、平成三年三月に高校を卒業した女子であること(甲九)からすると、孝子の逸失利益の算定に当たつては、平成三年度賃金センサス第一巻第一表記載の高卒女子の全年齢平均の年収額二九〇万二三〇〇円を超えない、原告らの主張に係る一七二万五三〇〇円を基礎収入とし、生活費控除割合は三〇パーセントを下回らない、原告らの主張に係る五〇パーセント、労働可能年齢である六七歳までの四八年の中間利息控除係数は一八・〇七七一(ライプニツツ係数)とするのが相当である。

すると、以下のとおり、一五五九万四二一〇円となる。

一七二万五三〇〇円×(一-〇・五)×一八・〇七七一=一五五九万四二一〇円

2  慰謝料(請求原因7(二)) 二〇〇〇万円

後記認定のとおり、孝子が本件事故が必ずしも喜んで運転を委ねたわけではない孝志の無謀な運転により、若き将来のある命を落とさざるを得なかつたこと、本件事故によつて両親に深い心痛を与え、孝子自身もたいへん不本意な結果となつてしまつたこと、その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案すれば、孝子の慰謝料としては、二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

3  物損(請求原因7(三)) 一五一万八六七二円

甲二七ないし三〇、三一の1ないし3によれば、孝子の被つた物損は、一五一万八六七二円を下回らないことが認められる。

4  小計

以上を合計すると、三七一一万二八八二円となり、これを、原告らが各自等分に相続するから、それぞれ一八五五万六四四一円となる。

5  医療費(請求原因9(一)) 〇円

甲二によれば、孝子が負傷して狭山市内にある至聖病院に搬入されたことによつて、いくらかの医療費を要し、これを原告昌栄が支払つたことが推認されるが、その金額については、これを確定するに足りる証拠がない。

6  葬儀関係費(請求原因9(二)) 一二〇万円

本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、一二〇万円をもつて相当と認める。

7  小計

以上によれば、原告昌栄の損害額は一九七五万六四四一円、同幸子の損害額は一八五五万六四四一円となる。

8  弁護士費用(請求原因9(三)) 三八〇万円

本件訴訟と相当因果関係のある弁護士費用としては、三八〇万円を認めるのが相当である。

9  合計

以上を総計すると、原告昌栄の損害額は二三五五万六四四一円、同幸子の損害額は一八五五万六四四一円となる。

九  以上により、原告らの被告茂に対する請求は、原告昌栄については二三五五万六四四一円、同幸子については一八五五万六四四一円及び右各金員に対する不法行為の日である平成三年一〇月二一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認否し、同茂に対するその余の請求並びに被告千代田及び同オールステートに対する各請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉和義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例